長野県のあるお客様のことを、今でもよく思い出します。定年退職を機に庭いじりを日課にされていて、玄関前で紫陽花とハーブを何年もかけて育てていらっしゃいました。外壁塗装をお願いしたのは、その庭をもっときれいな家で引き立てたいという気持ちからだったそうです。
ちょうど梅雨時期にかかったこともあり、足場に張られた養生ネットは予定より長く外れませんでした。工事が終わって数週間経った頃、電話口で「葉が黄色くなって、元気がなくなってしまったんです」とぽつりとおっしゃった声を、私はよく覚えています。毎年楽しみにしていたのに、と。悪気があってのことではないだけに、誰を責めることもできない、そのやりきれなさが伝わってくるお電話でした。
足場に張るネットやシートは、塗料や粉じんが飛び散らないようにするための大切な備えです。目の詰まったものほど飛散防止の効果が高く、風にも強いのですが、そのぶん光を通しにくくなる傾向があります。加えて工期は天候次第で延びることが珍しくなく、当初の見込みより日陰の期間が長引いてしまうことも起こり得るんですよね。
影響が出るのは庭の植木だけではありません。ベランダのプランターや、窓際に置いていた観葉植物が、工事の間だけ急に元気をなくしてしまったというご相談も耳にしたことがあります。家の外側を美しくするための工事が、思わぬところで庭の景色を変えてしまう。これは、あまり知られていない盲点だと感じています。
大切に育てている植木や、日照に敏感な植物をお持ちの場合は、契約前に業者へ伝えておくことをおすすめします。鉢植えであれば、工事中だけ日の当たる場所へ一時的に移動できないか。地植えのものであれば、養生の張り方を工夫してもらえないか。ひとこと相談するだけで、対応してもらえる余地は意外とあるものです。
工期が天候で延びそうな場合の連絡体制も、あらかじめ確認しておきたいところです。現場に入る職人さんに直接「ここだけは避けてほしい」と伝えておくのも、地味ですが効果のある方法だと思います。
先日、別の地域の加盟店から聞いた話が印象に残っています。契約前にお客様の庭を一緒にひと回りして、鉢植えをどのタイミングでどこへ移動させるか、あらかじめ提案していたそうです。工事後、お客様から「花が一つも枯れずに済んだ」と喜ばれたと聞き、ああ、こういう小さな心遣いの積み重ねなんだと改めて感じました。
壁を塗り替えることは、家そのものだけでなく、その周りにある暮らしの風景ごと一度預かることでもあります。業界に身を置く一人として、そのことを業者の側にも、お客様の側にも、もっと知っていただきたいと思っています。