外壁塗装の見積もりというのは、基本的に面積と塗料のグレード、足場の規模で組まれていきます。営業も職人も、壁のどこに何平米あって、どの塗料を何回塗るか、そこに意識が向いているんですよね。
ところが実際の家には、図面には載らない「思い出」が埋め込まれていることがあります。新築祝いに子どもが手形を押したタイル、記念にはめ込んだ石やモザイク、そうしたものは施主にとっては特別でも、業者にとっては「壁の一部」でしかないことが多いんです。悪気があるわけではなく、単純にそこまで想像が及ばない、というのが正直なところだと思います。
前職で担当したお客様のことを、今でもよく覚えています。長野県にお住まいのご夫婦で、新築時に工務店から勧められて、玄関脇の外壁に小さなタイルを一枚埋め込んでいました。当時2歳だった娘さんの手形を押したもので、日付と名前も一緒に刻まれていたそうです。
それから十数年が経ち、外壁の色あせが気になってきたということで塗装を検討され、契約に至りました。現地調査のときにそのタイルの話は出ず、ご本人たちも「壁の一部だから当然そのままだろう」と思い込んでいたそうです。ところが足場が外れてみると、タイル部分にもしっかり塗料がのっていて、手形の凹凸がほとんど分からなくなっていました。
電話口で奥様が「悪いのは誰でもないのは分かっているんです、でも娘が生まれたばかりの頃の証拠が、あんな一瞬で塗りつぶされてしまうなんて」とおっしゃっていたのを、今でも思い出します。業者に非がなかったとしても、伝えられなかった側の後悔というのは、それはそれで重いものなんですよね。
職人という仕事は、壁を均一に、丁寧に、塗り残しなく仕上げることに誇りを持っています。むしろ「タイル部分だけ避けて塗る」というのは、彼らの感覚からすると不自然な指示になるんです。見積書や仕様書に「この部分は塗装対象外」と明記されていない限り、全面塗装の対象に含まれてしまうのは、ある意味で自然な流れだとも言えます。
業界に身を置いて20年になりますが、こういうすれ違いは技術の問題ではなく、伝達の問題であることがほとんどです。施主側が「言わなくても分かってもらえるだろう」と思い、業者側は「特に指示がないから通常通り」と考える。この間に、思い出という取り返しのつかないものが挟まってしまうことがあるんです。
難しいことをする必要はありません。現地調査のときに、思い入れのある部分があれば口頭でも構わないので伝えておくこと、それだけでずいぶん変わります。可能であれば見積書や仕様書に一文入れてもらう、養生テープでその部分を囲ってもらう、写真を事前に撮っておく。どれも数分でできることです。
もしどうしても取り外しや移設が必要な場合は、工事前に業者へ相談すれば、別の場所への埋め込みや、記念として保管する方法を一緒に考えてくれることもあります。大切なのは、施工が始まってからではなく、契約前や現地調査の段階で言葉にしておくことなんですよね。
外壁塗装は建物を長持ちさせるための工事ですが、家というのは構造だけでできているわけではありません。そこに刻まれた小さな痕跡まで含めて、住まいなんだと思います。もし思い当たるものがあるなら、工事が始まる前に、遠慮せず一言伝えていただきたいです。それだけで防げる後悔が、確かにあります。