長野県のあるお客様から、工事が始まって数日経った頃にお電話をいただいたことがあります。「他所のお宅の工事現場には、何か看板みたいなものが立ってるけど、うちには無いですよね」というお話でした。私は前職時代からこの手の問い合わせを何度か受けてきたので、すぐにピンときました。建設業の許可を受けた業者は、工事現場ごとに標識を掲げる決まりがあるんです。
そのお客様の現場を確認してもらうと、案の定、掲示は無かったそうです。担当者に聞くと「省略してます」という返事だったと聞いて、正直なところ肩を落としました。省略していい類のものではないんですよね。
現場の標識には、商号や代表者名、許可番号、許可を受けた業種、有効期間などが書かれています。工事を請け負っている会社がどこの誰で、どんな許可を持っているかを、そこに住む人や通りかかる人が確認できるようにするためのものです。
言ってしまえば、身分を明かして工事をしていますという意思表示なんです。名刺交換だけでは伝わらない部分を、現場に立てることで補っている。だからこそ、これを面倒がる業者には、少し立ち止まって見てほしいと思っています。
標識にはもう一種類あって、労災保険に関する掲示もセットで掲げられているのが本来の姿です。足場を組んで職人が高所で作業する以上、労災保険に入っているかどうかは、住む人には直接関係ないようでいて、実はとても大事な話なんです。
万一、現場で事故が起きたとき、その業者がきちんと保険に入っていなければ、思わぬかたちで施主側に責任の矛先が向くケースを、私は業界に身を置く中で見聞きしてきました。掲示を怠る業者が、保険の加入自体も曖昧にしているという話は、残念ながら珍しくありません。
色や金額の話に比べると、標識の話はどうしても地味です。営業担当も進んで説明しませんし、お客様の側も工事が始まってしまえば、毎日その前を通るだけで意識に上らなくなってしまう。無理もないことだと思います。
ただ、契約前の見積もり比較では見えてこないものが、着工後の現場には出るんですよね。玄関先に堂々と標識を掲げている現場と、そうでない現場。どちらが誠実に工事と向き合っているか、一目でわかることがあります。次に工事を頼むときは、ほんの数秒でいいので、足場のそばに目をやってみてほしいと思っています。