前職で外壁塗装の窓口にいた頃、群馬県のあるお客様からお電話をいただきました。築三十年ほどの二階建てで、南側の壁一面がツタに覆われているお宅でした。
「このツタが気に入って家を買ったので、できれば残したまま塗れませんか」
電話口の声は本当に楽しそうでした。お庭の話、季節ごとに葉の色が変わる話。聞いている私まで、その家を見てみたくなるような話しぶりだったのを覚えています。ただ、現地調査に入った業者さんから届いた報告は、少し厳しいものでした。
ツタを少しめくってみると、壁にはびっしりと細い根や吸盤の跡が残っていました。目地のコーキングの隙間に根が入り込み、そこから水を吸った外壁材が一部やわらかくなっていたそうです。
外から見ると、緑に守られているようにも見えるんですよね。実際、夏の日差しをやわらげてくれる面もあります。けれど葉の裏は風が通りにくく、湿気がこもりやすい。表からは見えない場所で、少しずつ傷みが進んでいることがあるのです。
しかも、ツタは剥がせば終わりではありません。壁に貼りついた根の跡は、高圧洗浄だけでは落ちきらないことが多く、手作業でこそげ落とす下地処理が必要になります。この手間が見積もりに入っていないと、工事が始まってから「追加でかかります」と言われてしまう。その流れで揉めたお客様も、私は複数見てきました。
誤解してほしくないのですが、ツタのある家が悪いと言いたいわけではありません。
あのお客様は、悩みに悩んだ末に南側のツタを一度すべて撤去すると決められました。その代わりに、壁から少し離した位置にワイヤーを張り、つる植物をもう一度そこで育てることにされたんです。「壁に直接這わせなければ、塗り替えのたびに困らないですもんね」と笑っておられました。
植物との付き合い方は、ご家庭ごとに違っていいと思っています。大切なのは、「ツタがあると塗装の時に何が起きるか」を知ったうえで選ぶこと。知らずに放っておくのと、分かっていて残すのとでは、同じ見た目でも意味がまったく違いますから。
もしお宅の外壁に植物が這っているなら、現地調査の時にこう聞いてみてください。「このツタは誰が、いつ、どこまで撤去しますか。根の跡の処理は見積もりに入っていますか」と。
撤去を自分でやるか、業者さんに任せるかでも費用は変わります。ご自分で剥がす場合は、無理に引っぱると外壁材ごと傷めることがあるので注意が必要です(高い所は特に、脚立での作業は危ないので避けていただきたいです)。
ゴーヤやアサガオの緑のカーテンも同じで、壁にフックやネットを固定していれば、その扱いを事前に決めておくと安心なんですよね。工事が始まってから「これ、どうしますか」と聞かれて慌てるお客様は、本当に多いのです。
あの群馬のお客様からは、工事が終わった翌年の夏に一枚の写真が届きました。塗り替えたばかりの明るい壁の前で、新しいつるが元気に伸びている写真でした。今でも時々、思い出します。