そう切り出されると、断りにくい空気が生まれます。足場を組む作業員も車両も一度で済ませられれば、業者側の手間が減るのは確かな話です。ただ、その裏には「今日中に決めてほしい」という思惑がそっと重なっていることも多いというのが、長く業界を見てきた私の実感です。
一軒だけを訪ねて回るより、隣近所を数軒まとめて口説き落とした方が、契約までのスピードは圧倒的に速くなります。営業の方にとって「お隣さんも乗り気ですよ」という一言は、迷っているお客様の背中をそっと押す、よく効く言葉になりやすいんですよね。もちろん誠実に近隣同時施工を提案してくださる業者もいらっしゃいます。ただ、その言葉の裏側に何があるのか、一度立ち止まって考えてみてほしいんです。
忘れられないお話があるんです。長野県にお住まいのお客様から、以前こんなお電話をいただきました。訪問してきた業者から「本日中にお隣とご契約いただければ、両方とも足場代を大幅に引かせていただきます」と言われ、その場で判断を迫られたそうです。お隣は既に色や工程まで話が進んでいる様子で、断ればご近所付き合いに角が立つのではという不安もあったとおっしゃっていました。電話越しに、その方の声が少し震えていたのを今でも覚えています。
結局そのお客様は一晩だけ待ってほしいと伝え、翌日改めて他の業者にも話を聞いた上で、お隣とは別のタイミングで契約をされました。あとから聞くと、お隣が結んだ契約は塗料のグレードも工程の数もまるで違っていたそうです。同じ「足場代割引」という言葉で誘われても、中身までお隣と同じとは限らない。そんなお話でした。
外壁の傷み方は、方角や日当たり、素材によって一軒ごとに違います。お隣が今すぐ塗り替えるべき状態だからといって、ご自宅も同じタイミングとは限らないんですよね。逆に、まだ数年待てる壁を、割引につられて前倒しで塗ってしまうのはもったいないことだと思っています。
似たようなお話を、埼玉県のお客様からも伺ったことがあります。お隣が先に契約したことで、まだ迷っていた段階なのに「もう決めないと取り残される」という焦りが先に立ってしまったそうです。業界に身を置いて長く経ちますが、値引きの大きさよりも、見積もりの中身とタイミングが今のお宅に合っているかどうかを確かめることの方が、後々の満足度に効いてくると感じています。
「同時契約割引」を提示された時こそ、見積書の中の足場代の欄をご自身の目でゆっくり確かめてほしいと思っています。割引後の金額だけを見せられるのではなく、割引前の金額がいくらで、どこがどれだけ下がっているのか。数字の根拠を尋ねても答えがぼやける場合は、一度時間を置いて考えるサインだと私は思っています。
相見積もりを取る時間を惜しまないでほしいというのも、この話に重なります。お隣との歩調を合わせることよりも、ご自宅にとって適正な金額と工程かどうかを、他の業者の目でも確認してみる。それだけで、判断の材料はぐっと増えるはずです。「今だけ得だから」という気持ちよりも、数年後に振り返って納得できる選び方をしてほしいと願っています。
「お隣も乗り気だから」と言われると、ご近所にどう思われるかを気にして、ご自宅の判断を後回しにしたくなる気持ちはよく分かります。ただ、契約はあくまでご自宅の話です。お隣との関係を心配して契約を急ぐより、「うちはうちのタイミングで考えたい」と伝える方が、長い目で見ればご近所との関係も守れるのではないかと思っています。
前職で数多くの現場に立ち会う中で、急いだ契約ほど後悔につながりやすい場面を見てきました。先日も、似たようなご相談をいただいたばかりです。同じ思いをする方を、もう一人でも減らせたらという気持ちで、今日はこのお話をお伝えしました。