前職で窓口をしていた頃、60代のお客様からのご相談が明らかに増える時期がありました。お子さんが独立して家のことにようやく目が向いた、退職金という区切りのお金が入った、そういうタイミングが重なるのだと思います。岐阜県のあるお客様は「退職したら家の手入れをしようと決めていた」と穏やかにお話しされていて、こういう動機なら私も安心して聞いていられます。
ただ、同じ「退職金で」という言葉でも、ご本人の中で計画されていたものと、その場の勢いで決めたものとでは、後々の満足度がまったく違ってくるんです。長年働いてきた区切りのお金だからこそ、慎重に扱ってほしいという気持ちがあります。
香川県のお客様からうかがった話です。訪問してきた営業の方に「退職されたばかりですよね、今のうちに決めておいた方がいいですよ」と言われ、その場で契約書にサインしてしまったそうです。後から冷静になって見積書を見返すと、相場感がつかめないまま金額だけが独り歩きしていたことに気づいたと打ち明けてくれました。
退職のタイミングは、ある意味で個人情報として外から把握されやすい時期でもあります。年金の切り替え手続きや自治体からの通知など、生活の変化が表に出やすいからです。それ自体は悪いことではないのですが、「今だけ」「特別に」という言葉で急かされたときほど、一度立ち止まってほしいというのが私の願いです。
外壁塗装の費用を全額退職金でまかなおうとすると、その他の生活防衛資金まで削ってしまうケースを何度か見てきました。工事費用そのものは決して安いものではありませんし、今後の医療費や住み替えの可能性まで含めて考えると、退職金の一部だけを充てて残りはローンを併用する、という選択も十分にありだと思っています。
秋田県のお客様は、ご自身で「退職金の三割まで」と上限を決めてから業者を探し始めたとお話しされていました。金額の上限を先に決めておくと、営業トークに流されにくくなるという意味でも、良い進め方だったと感じています。
もうひとつお伝えしたいのは、こうした大きな金額の判断は、できればご家族と共有してから進めてほしいということです。お一人で決めて後から配偶者やお子さんに「なぜ相談しなかったのか」と言われてしまうお客様を、これまで何人も見てきました。悪気があったわけではなく、退職を機に「自分のことは自分で決めたい」という気持ちが強くなる時期だからこそ起きることなのだと思います。
弊社でも、複数の業者を比較する段階からご家族に見積もりを共有される方が増えています。誰かに見てもらうというひと手間が、後悔を防ぐ小さな安全弁になるのではないでしょうか。