前職で現場調査に同行させてもらっていた頃のことです。担当者が塀の傾きに気づいていても、契約が外壁塗装だけだったからという理由で、報告書には一言も触れずに終わることがありました。長野県のあるお客様のお宅では、擁壁の表面に細かいひびが何本も入っていたのですが、見積書にはそのことがまったく書かれていなかったんです。
その場では「今回のご依頼は外壁塗装ですから」で済んでしまいます。誰も間違ったことはしていません。ただ、施主であるお客様だけが、そのことを知らないまま何年も過ごすことになります。
数年後、そのお客様から「擁壁の一部が膨らんできた気がする」とお電話をいただいたことがあります。あのとき現地調査で気づいていたはずなのに、と思うと、今でも心のどこかに引っかかっているお話です。
2018年に起きた大阪府北部の地震をきっかけに、通学路沿いなどの塀の安全性が改めて注目されるようになりました。それ以降、点検や撤去、建て替えに補助制度を設ける自治体が増えてきています。
ご自宅の塀が古いブロック塀のままだったり、控え壁がなかったりするケースは、いまでも珍しくありません。それでも、外壁塗装の見積もりのやり取りの中で塀について一言も触れられないまま契約に進んでしまうお客様を、複数見てきました。
担当者が悪いというより、単純に「今回の工事の対象ではない」というだけの話なんですよね。ただ、足場を組むために塀のすぐそばまで職人さんが入るのに、塀そのものは誰も見ていない、という状況は少しもったいないと感じています。
業者側に悪意があるわけではありません。契約書に書かれていない箇所については、そもそも指摘する義務がないというのが実際のところです。だからこそ、施主側から「擁壁やブロック塀の状態も、ついでに見ていただけますか」と一言添えてほしいと思っています。
兵庫県のお客様から伺った話も忘れられません。塀の無料点検制度が自治体にあることをご存じなくて、外壁塗装がすべて終わったあとにご自身で調べて申し込まれたそうです。「もっと早く知っていれば、足場があるうちに一緒に見てもらえたのに」とおっしゃっていたのが印象に残っています。
外壁も、擁壁も、ブロック塀も、同じ敷地の中で暮らしを支えているという点では変わりません。外壁塗装で足場を組むタイミングは、建物本体だけでなく、敷地全体を見直すいい機会でもあると私は思っています。
見積書に書かれている項目だけがすべてではありません。一度、外壁の外側にも目を向けてみてほしいなと思います。